「秋田地理学会会報」第14号 1994年10月18日

バ ー ク レー 便 り

山 下 清 海(秋田大学)

 6月1日にアメリカに来て以来、早いもので、文部省在外研究員としての生活も4カ月が過ぎました。カリフォルニア大学バークレー校のアジア系アメリカ人研究系(Asian American Studies  Program) にお世話になって、アメリカの華人社会やチャイナタウンについての研究をしています。

こちらに来てから、記録の更新を続けていることが二つあります。その一つは、これまで一度も傘をさしたことがないということです。すなわち、霧雨のような雨が1、2回降ったのを除き、当地では連日、カリフォルニア特有の晴天が続いています。ときどき雲が多い日もありますが、雨が降り出すことはありません。サンフランシスコ湾周辺が、これほど乾燥しているとは思いませんでした-と、ここまで書いたところで、残念ながら昨日、初めて本格的な雨が降りました。

もう一つは、ノー・ネクタイの記録です。当地では、学生も教師も一般の人も、服装はいたってラフで、ほとんどはジーンズにスニーカーです。どこに行くにもこの格好で構いません。ですから、バークレー校のキャンパス内では、「だれが生徒か先生か」区別はつきません。スーツにネクタイ姿を見れば、まず間違いなく外国から来た研究者や観光客です。バークレー校は、映画「卒業」や「いちご白書」にも出てきたとおり、ヒッピーと60年代の学生運動の発祥の地だそうです。ですから、いまでもかなり「自由な」雰囲気を保っています。

私は、バークレー市の北隣のアルバニー市にあるアパートに住んでいます。同市は、治安がよく、学校のレベルも高く、恵まれた住宅地区になっています。家から大学までは、BARTとよばれる電車(地下鉄、一部は高架)で通います。最寄りの駅からバークレー駅までは2駅ですので、5分あまりで到着します。ニューヨークの地下鉄と異なり、車内の治安も全く問題ありません。電車からは、サンフランシスコ湾にかかるゴールデンゲート・ブリッジやベイ・ブリッジの絵はがきのような景色が見えます。サンフランシスコまでは、BARTに乗れば、バークレーから20分ほどで行けます。

サンフランシスコ湾岸地域(Bay Area)では、毎朝、有線テレビの日本語放送で、フジテレビの「スーパータイム」とテレビ朝日の「ステーションEYE」というニュースを放送しており、そして夜には、NHKの「ニュース7」を見ることができますので、いま日本で何が起こっているか知ることができます(例えば、北海道東方沖地震、ビートたけしの痛々しい顔、宮沢りえの自殺騒動なども)。また、土曜と日曜には、ドラマも見られます。現在は、「ひとつ屋根の下」、「警部補 古畑任三郎」、「ボクの就職」、「はぐれ刑事」、NHKの大河ドラマ「花の乱」、それに遅ればせながら朝の連続テレビ小説「かりん」などを放送しています。私は、読売新聞の衛星版も購読していますので、アメリカにいながら日本の情報にはほとんど不自由しません。

また、食生活の面でも、バークレー周辺には、いくつも日本人(日系人)経営の食料品店があり、また、中国人や韓国人経営の食料品店にも、さまざまな日本食品が置いてあるので、必要なものは当地でほとんど手に入ります。バークレーの南隣のオークランド市(サンフランシスコの対岸)にあるチャイナタウンの中国人経営のスーパーマーケットにも、日本食品が豊富に売られています。醤油、豆腐、うどん、カップヌードル、おかき、日本酒(例えば、アメリカ産の「大関」、「月桂冠」)などは、アメリカ人が行く普通のスーパーマーケットでも買えます。参考までに、この数日、わが家の夕食で食べたものを挙げますと・・・・すき焼き、鰻のかばやき、カレーライス、そうめん、しらす干し、大根おろし、辛子めんたい、納豆、味付け海苔、ふりかけ、たくあん・・・・。毎日食べる米も、カリフォルニア産の日本米が、日本と比べ驚くほど安く買えるので大助かりです。例えば、最も高い「秋田おとめ」(「あきたこまち」を改良して、カリフォルニアで栽培したもの)は、10kgで1,550円ほどです。味の方も、日本産米と比べて、決してひけを取りません。日本食はアメリカで人気があり、あちこちに日本料理店があります。なかには、韓国人や台湾人が経営する日本料理店もあります。とくに寿司はもっとも人気があるメニューで、カウンターに座って、板前さんに  “ikura, uni, anago, tekka-maki・・・・”と注文しているアメリカ人もいます。カリフォルニアには、中国人、日本人、韓国人などのアジア系の人びとが多いので、アメリカの他の地域に比べ、箸を上手に使えるアメリカ人が多いです。

アメリカは、いろいろな点で、私たち日本人にとって、たいへん暮らしやすいところです。なんと言っても、物価が非常に安いことです。とくに最近の円高は、非常にありがたいです(いまは1ドル=約100円で、換算も楽です)。ガソリン1リットルが約32セント、街なかのカフェで飲むコーヒー1杯が70~80セント、中国料理店のランチ(例えば酢豚定食、マーボー豆腐定食)が4ドル前後、バドワイザーのビール1缶が何と60セント足らずです。また、日本へ出す絵はがきの切手代が40セント(封書は50セント)、日本への国際電話も1分間66セントにすぎません。アメリカの物価が安いというよりは、日本では何でも高すぎる・・・・と考えた方が適当だと思います。

思いつくままあれこれ書いてきましたが、私の研究に関することをはじめ、まだまだ書いておきたいことが、たくさんあります。それらについては、また別の機会に書いたり、話をしたりしたいと思います。来年春に帰国予定ですが、再びあわただしい日本の生活に戻るのが恐いような気がします。

(1994年10月5日記)